2016-12-29

Back in the High Life (1986)の陰の立役者

ずっと先延ばしにしてたけど、今年中にこの記事はアップしなければ、、、今年2016年はBack in the high lifeの30周年にあたるので。

ウィンウッドは1974年のトラフィック解散後はスタジオに籠もりがちになっていた。Chris Blackwellなどがなんとかしてスティーブをスタジオから出そうと努力したが成功しなかった。ブログで詳しく書いたようにソロ1作目のSteve Winwood (1977)のレコーディングの時にですでに引きこもりに近い状態。Arc of a Diver (1980)とTalking Back to the Night (1982)の時は自宅のスタジオで一人でアルバムを作ったのは有名な話。後者の録音の頃は、以前紹介したLynn Goldsmithの本に出てくるようなエピソードやアルバム制作時の話などからも当時の状況がわかります。

だけどなぜ、Back In the High Life (1986)の時はそれまでとは全く正反対に自分のスタジオを出て、NYまで行きレコーディングをしたのか。いったい何があってそこまで改心したのか。。。そのことが以前からずっと気にかかっていた。
実はたまたま見つけた本にその経緯が書いてあった。Ron Weisner著のListen Out Loud (Lyons Press, 2014)である(amazon.com)。彼は様々な大物ミュージシャンのマネージャーとして活躍し、 Michael Jackson, Paul McCartneyや Madonnaも手掛けた。彼はBack In the High Lifeのアルバム制作時にスティーブのマネージャーになって陰で大きな力になり、スティーブの実力をNYで十分発揮できる環境を整えた。彼の名は『マネージャー』としてこのアルバムのクレジットにのっている。彼がいたからこそ、スティーブは自分のスタジオを出てNYへ行き、多くのミュージシャンとレコーディングをするに至ったのである。

この本の各章は今までに彼が担当したミュージシャンに関する話になっていて、その第10章のタイトルはずばり “Winwood”。以下はこの章のネタバレです。

長年ウィンウッドの大ファンだったため、Ron Weisner氏はスティーブにコンタクトして、ぜひ彼のマネージメントをしたいと思った。しかし最初は単純な道のりではなかった。そもそもスティーブに、今までまともなマネージャーに出会ったことがない(ようするにChris Blackwellが好きでない!)と言われ、かなりの慎重姿勢で臨まれる。
しかし彼はスティーブに親身に接し、いっしょにいい関係を育んていけるように努めた。アメリカのLAからイギリスのスティーブの自宅を訪れて話し合いを持ったが進展がなく帰国。そして2週間後にもう一回訪れまた帰国。そういうことを『何回も』繰り返し、ようやくスティーブが心を開いてRonといっしょにやっていくようになった。この本にはこれに関するスティーブのコメントがのっていて、それによれば『ロンは何回僕のところを訪れたのかわからない。とにかくたくさん来た。彼はイギリスで他にも用事があったのではないかと思いたいが、もしそうでないなら彼に謝らなければならない。』実際ロンはスティーブに会うこと以外にイギリスで用事がなかったのだ(そういうことすらスティーブは未だに?知らないというのはいかにも彼らしい)。でもロンの行動力には脱帽あるのみである。

2人3脚の体制を整えてから、ロンは『今回のアルバム作成は自宅のスタジオを出てやるべきだ。ロンドンでもなく、NYでやるべきだ』と強く働きかけた。もしいいプロデューサーがいれば、すべてを君がやる必要がない。それにNYにいればベストのミュージシャンがたくさんいる。ロンはRuss Titlemanをプロデューサーとして推し、その次のイギリス訪問時にはRussも同行した。3人で話し合ううちにスティーブがだんだんやる気になっていくのがロンには分かった。スケジュールを話し始めるとスティーブが聞いてきた。『僕はいつNYに行けばいいですか?』

そうして、スティーブが多くの著名なミュージシャンとNYで録音したことに関してはみなさんご存知の通り。ロンが作り上げた環境の中で、スティーブは自分の仕事をすればいいだけだった。

またロンはマイケル・ジャクソンのBillie Jean' や 'Beat It’のビデオに関わった経験から、ミュージック・ビデオの重要性を認識していたので、スティーブにも派手なビデオ出演をするように促した。Higher Loveのビデオなどはそのいい例。レコーディングが終わってからは自然とツアーをやる方向になっていた。スティーブがロンの言うことに素直に従うということは、イギリスで初めて会ったときの彼の消極的な態度を思えば信じられない展開であった。彼は本当に音楽がやりたいので、それができるようにロンがサポートに徹したのがよかったのだった。余談だが休憩の時間などになると、スティーブはウクレレを取り出したり、あるいはバンジョー、ベース、ギター、キーボードなどを次々に弾いていく。彼はそのような光景を何回も見たそうだ。

スティーブはもちろんロンに対して最大限の感謝の言葉を述べています。ロンはこの章の最後で、自分がやったことはスティーブが活動できるように場を整えただけだ、とかなり控えめに述べていますが、彼がいたからこそこの素晴らしいアルバムが生まれ、Higher Loveのヒットとグラミー獲得に至ったのだと思います。ロンがいなければBack In the High Lifeは出来なかっただろうし、もしそうなら多くの人々がスティーブの音楽を知る機会もなかったかもしれません。

ちなみにウィンウッドに関するRon Weisner氏の話はRolling Stones誌のインタビューにも出ています(From Mr. Fantasy to Mr. Entertainment )。

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